タイ憲法裁判所は20日、上院の全議席を公選制とする憲法改正案を違憲とする判断を下した。改憲案を国会に提出、可決したタクシン元首相派の政権与党プアタイなど6党の解党は命じなかった。
軍事政権下の2007年に制定された現行憲法では、上院は定数150で、77議席はタイの全77都県から各1議席を選挙で、残る73議席は憲法裁長官、最高裁長官、選挙委員会委員長らからなる委員会が選ぶ。最高裁判事、選挙委員会委員らは上院で選ばれるため、軍事政権下で任命された反タクシン派の上院議員、裁判官らが互選で権力の座に居座ることが可能だ。
2011年の下院総選挙で政権に復帰したタクシン派はこうした仕組みを打破するため、上院全議席を公選とし、定数を200に増員する憲法改正案を国会に提出、9月28日に成立させ、プミポン国王に承認を求めていた。一方、反タクシン派の野党民主党は改憲案を違憲として憲法裁に提訴した。
憲法裁はタクシン派の改憲案について、違憲な方法による権力の掌握を禁じた憲法68条に違反すると判断。国会審議が短時間で打ち切られたり、採決の際に不在の議員の投票を別の議員が行うなどの不正があったとも指摘した。
憲法裁はタクシン派、反タクシン派の抗争で、ほぼ一貫してタクシン派に不利な判決を下しており、今回も違憲判決はほぼ確実とみられていた。こうした見通しから、改憲案に賛成票を投じた下院議員、上院議員312人は19日、憲法裁の判決を受けれいないと表明していた。バンコク都内のラチャマンカラ国立競技場に集まったタクシン派市民数千人も判決後、判決を受け入れない方針を打ち出した。プアタイ党首のジャルポン内相は「公選制の上院が任命制に劣るという理由がわからない」と憲法裁の判断に疑問を投げかけた。
一方、民主党は判決を受け、インラク首相の辞任を要求。改憲案に賛成した国会議員の弾劾を求める10万人以上の署名を上院議長に提出した。民主党はバンコク都内の民主記念塔周辺で座り込みの反政府集会を続けており、判決を追い風に、24日から集会の規模を拡大し、インラク政権打倒を目指す。
インラク政権・与党はタクシン派と反タクシン派の政治抗争で投獄、訴追された人に包括的な恩赦を与える恩赦法案を国会に提出し、今月1日に下院を通過させた。しかし、バンコクで民主党などによる大規模な抗議デモが発生したため、法案を上院で否決、廃案にした。改憲案に対する違憲判決はこうした中で下され、反タクシン派を勢い付けそうだ。
タイでは2006年以降、地方住民、中低所得者が多いタクシン派と、特権階級、バンコクの中間層を中心とする反タクシン派の抗争が続き、政治、社会が混乱している。
反タクシン派はタクシン元首相を反王室の腐敗政治家と糾弾し、タクシン政権は2006年、特権階級の意向を受けた軍事クーデターで崩壊した。2007年末の民政移管選挙で発足したタクシン派政権も、反タクシン派デモ隊による首相府やバンコクの2空港の占拠で追い込まれ、2008年末、裁判所命令で「選挙違反」により政権を失った。
劣勢に立たされたタクシン派は「特権階級が軍、司法を動かし、民主主義と法治をねじまげている」と主張し、2009年、2010年と民主党連立政権打倒のデモを実施。2010年にはデモ隊と治安部隊の衝突で、91人が死亡、約2000人が負傷した。2011年の下院総選挙ではタクシン派が再び勝利し、インラク氏が首相に就任した。